業務改善やAIは、収益に直結しないのか——社長の問いに、二段で答える
業務改善やAIの導入を提案していると、ときどきこう言われる。以前、中小企業の経営者と話していて、こう言われたことがある。「あなたの言っていることは正しい。進めていかないといけないとも思う。でもそれって、収益に直結しないんじゃないか」。
私はこの問いを、正しいと思っている。会社は、売上を上げるか、経費を下げて利益を残すか——この2つでしか考えられない。マーケティングや新製品開発は売上を伸ばす側の話で、人事やバックオフィスの改革は、たしかに売上には直結しない。そう見えるのは当然だ。だからこの問いには、ごまかさずに二段で答えることにしている。一段目:削るのは人件費だが、本当の収穫は後から貯まるデータのほうにある。二段目:売上は「かもしれない」だが、経費削減は「確実」に残る。
一段目の答え——「置き換え」は、途中から「化ける」
身近な例から始めたい。ファーストフードや居酒屋の注文だ。店員がオーダーを聞いてレジに入れて厨房に通していたものが、客の手元の端末からの注文に変わった。ここまでなら「人件費と設備を減らす」話で、作業の置き換えにすぎない。
でも本体はその先にある。客が自分で情報を入れてくれるから、今まで会員カードやスタンプでしか見えなかった顧客が、データとして見えるようになる。来店を促すクーポンが配れる。興味に合わせて商品を案内できる。注文の簡素化という「作業の置き換え」が、顧客データベースという「新しい価値」に化けた——構造としてはこれがすべてだ。
バックオフィスも同じ構造をしている。「人事のデータを電子化して何が変わるのか」とよく言われるが、紙のままでは単体でしか見えなかったもの——健康診断の結果、残業時間、社内アンケート——が、揃って初めて組み合わせられるようになり、不調や離職の予兆という「単体では見えなかったもの」が見えてくる。ただし正直に言えば、これは段階を5つ踏んだ先の話だ。最初の事務的な整理を飛ばして、いきなり高度な分析をシステム会社に丸投げすると、費用が膨らむうえに、できることまで狭くなる。
二段目の答え——「かもしれない」と「確実」は別の投資
もう一つの答えは、もっと即物的だ。間接業務の改善は、マーケティングより成果の確実性が高い。
マーケティングは「フォロワーが増えれば売上が上がるかもしれない」の世界だ。打ち手と成果の間に、顧客の気分という不確実な変数が挟まる。一方、間接業務はどうか。営業担当が移動の合間にやる経費処理は、本人の直接活動でもなければ、得意な仕事でもない。その時間を減らせば、営業する時間がそのまま増える。紙の経費申請なら、書き慣れない人が間違えて差し戻しになり、出てきた紙を経理が打ち直す——申請する側と受ける側の両方で、コストが二重にかかっている。ここを直せば、両側が同時に減る。
運送・建設の会社でいえば、この二重コストはたいてい「現場と事務」のあいだにある。ドライバーが手書きした日報を、事務がシステムに打ち直す。現場代人が撮った写真を、事務が報告書に貼り直す。書く側と写す側、二人分の時間が同じ情報に払われている——ここが、確実に減らせる側の筆頭になる。
私自身の実測を一つ置いておく。人事の現場で、健康診断の手配を回していた頃の話だ。医療機関への予約の電話が1本5〜10分、折り返しでまた5〜10分。予約状況はシステムに入っていないから表計算で管理し、結果が返るまで約1ヶ月。受けていない人への督促を2回、3回と繰り返して、「仕事が忙しい」と言われて——それを年度末の3月まで続ける。この一連は、予約と管理の仕組みがあれば、まるごと消える種類の時間だった。売上は1円も増えない。でも、消えるかどうかに「かもしれない」はない。
なぜ社内から始めるのか——失敗できる場所だから
順番の話もしておきたい。同じ自動化でも、いきなり顧客対応から始めるのはハードルが高い。うまくいかなかったときの相手が、顧客だからだ。社内の業務なら、多少の失敗は知見として積み上がるだけで済む。顧客が社外ではなく社内だから、試せる——人事やバックオフィスから始める理由は、実はこれに尽きる。社内で学んでから、問い合わせ対応や営業支援に展開していけばいい。
大企業のサイトの右下には、もう「AIが回答します。解決できなければ人におつなぎします」が並び始めている。あの形に一足飛びに行くのではなく、社内で小さく失敗しながら学んだ会社が、順番に外へ出ていく。
高いシステムか、小さく組むか
それでも投資の問いは残る。「高いシステムを入れて、費用対効果は合うのか」。私の基準はこうだ。明確に利益が出る見込みが立つなら、システムを入れればいい。そうでなければ、小さく組んで検証するほうが結局安くつく。そして、どちらに転ぶかは会社の業務の現状次第なので、判断の材料は棚卸しからしか出てこない。道具の話がいつも仕事を分ける話に戻ってくるのは、このためだ。
月曜の朝にやること
- 自社の「やりたい改善」を思いつくまま書き出す。
- それぞれに「かもしれない」か「確実」かの印をつける。売上系はたいてい前者、間接業務系はたいてい後者になる。
- 「確実」の側から一つ選び、そこにかかっている時間を測ってみる。投資の話は、その数字が出てからでいい。
よくある質問
- Q. バックオフィスの効率化は、売上が増えるわけではないのでは。
- A. 増えません。その代わり「確実に」減ります。マーケティングは、フォロワーが増えれば売上が上がる「かもしれない」の世界ですが、間接業務の削減は、一人の人間が手でやっていた時間が確実に消える世界です。利益の式は売上を増やすか経費を下げるかの二つしかなく、後者は打った分だけ返ってくる側です。
- Q. 業務改善は、なぜ人事や総務など社内から始めるのがいいのか。
- A. うまくいかなかったときの相手が顧客ではなく社内だからです。顧客対応をいきなり自動化して失敗すれば信用に響きますが、社内業務なら失敗しても知見が積み上がるだけで済みます。社内で学んでから、顧客側・営業側に展開する——この順番が、小さい会社ほど安全です。
- Q. 高いシステムを入れるのと、小さく組むのと、どちらがいいのか。
- A. 明確に利益が出る見込みが立つならシステムを入れればいい、そうでなければ小さく組んで検証するほうが結局安くつく、というのが筆者の基準です。ただし、どちらに転ぶかは会社の現状次第なので、判断の前に業務の棚卸しが必要になります。最初の事務作業をいきなり外部に丸投げすると、費用が膨らむうえに、できることまで狭くなります。
この記事の立場
実際の経営者との対話が出発点です(相手が特定されないよう、場面の詳細は省いています)。物流の会社で主に人事の側にいた筆者は、間接業務の時間がどこに消えているかを内側から見てきました。本文の健康診断の実測は筆者自身の担当業務の記録です。「1人あたりどれくらい時間が減るのか」という続きの問いには、別の記事で議事録の実測から答えています。
「収益に直結しないんじゃないか」は、断る理由ではなく、順番を決めるための正しい問いだと思う。直結する側(確実に減る間接業務)から始めて、化ける側(データの資産化)へ進む。あの日の対話への答えを、記録としてここに置いておく。