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「俺の手当、合ってるのか」——給与が説明できないと、人は辞める

ドライバーが辞めるのは、給料が安いからだけではない。「先月と今月で3万円違うのはなぜか」を会社の誰も説明できない、その「分からなさ」が不信になって辞めていく。まず賃上げより先に、今の給与を「説明できる」状態にするほうが、お金をかけずに定着に効く。

給与明細に、手当が12種類並んでいる会社がある。運行手当、距離手当、無事故手当、皆勤手当、荷役手当、深夜手当——。ドライバー本人に「先月と今月で3万円違うのはなぜか」と聞かれて、その場で説明できる人が、事務所に何人いるだろうか。払っている社長本人が説明できないことも、めずらしくない。

人事として賃金の計算と規程を扱う側にいて、身にしみたことがある。給与の話でいちばん怖いのは「安い」という不満ではなく、「分からない」という不信だ。金額の多い少ないとは別の場所に、疑いが溜まっていく。「俺の手当、合ってるのか」——この一言が出てくる頃には、たいてい話はだいぶ進行している。

なぜ「安い」より「分からない」で辞めるのか

トラック運送業の給与は、一般の月給制とは作りが違う。固定給の上に歩合給が乗り、その上に10種類を超える手当が乗り、さらに割増賃金が乗る。全日本トラック協会の調査では、大型トラックの男性運転者は賃金に占める変動給の比率が50.2%——つまり給料の半分が、毎月変わる。

半分が毎月変わるということは、本人が「今月なぜこの額なのか」を追えないということだ。追えない状態が続くと、金額の多い少ないとは別の場所に、疑いが溜まっていく。人事として退職の場面に立ち会ってきた肌感覚で言えば、辞める理由の入口はたいてい「給与・待遇への不満」だ。ただ、話を聞いていくと、その奥に会社の経営や将来への不安が重なっていることが多い。多かった「給与への不満」の中にも、実際には「額」ではなく「説明のなさ」への不満が混ざっている。賃金の半分が説明できない構造では、いくら払っても不信は消えない。

複雑さは、誰かの怠慢ではなく「構造」

ここで社長や事務担当を責めるのは筋違いだ。運送業の給与計算は、構造的に複雑にできている。手当が多くて説明できない状態は、長年の増改築の結果として、どの会社でも自然にそうなる。

問題は、そうなったまま放置すると、不信だけでなく法的リスクも育つことだ。2023年3月、最高裁で象徴的な判決が出ている(熊本総合運輸事件)。歩合給の形をとりながら、何時間働いても総支給が実質増えない設計になっていた賃金制度が、「割増賃金の対価がどれか判別できない」として無効とされ、未払いが命じられた。明細に「残業手当」という名前が並んでいるだけでは守れない——制度の設計そのものが裁かれる時代になっている。似た構造の賃金規程は、中小に少なくない。

※本記事の賃金計算・手当の扱いは一般的な制度の説明です。個別の判断は社会保険労務士に確認してください。

「説明できる化」とは

説明できる化とは、いま払っている給与の一つひとつの手当について「何に対して・いくら・どう計算されているか」を、会社が言葉にできる状態にすることである。金額を変える話ではない。今ある明細を、そのまま説明できるようにするだけだ。

給与の話になると、打ち手はすぐ「賃上げ」に飛びがちだ。でも2024年問題の現実を見ると、標準的運賃は平均8%引き上げが告示されたものの転嫁は進みきらず、ドライバーの年所得は459万円・前年比+0.9%にとどまる。10〜29名規模の会社に、賃上げの原資は簡単には出てこない。だから順番はこうだと思う。先に、いまの給与を「説明できる」状態にする。お金がほぼかからず、不信に直接効く。

説明できる化を進める手順

計算(技術課題)はソフトやツールに渡せるが、規程の整理と説明(適応課題)は人にしかできない。順番が逆だと「複雑なまま自動化」されて、誰も説明できない状態が固定される。だから、まず人がやる。

  1. 賃金規程と明細の対応表を1枚つくる。手当ごとに「何に対して・いくら・どう計算」を書き出す。
  2. 書き出せない手当が見つかったら、それに印をつける。それが不信の在庫だ。
  3. 「なぜこの額か」を給与のたびに言える体制にする。全員に毎回でなくていい。聞かれたら3分で答えられる状態を作る。
  4. 計算のツール化は、その後でいい。規程を整理してから道具に渡す。

効果はROIでも語れる。人が辞めれば、採用にも教育にも、またお金と時間がかかる。説明できる給与は、人件費を1円も増やさずに定着に効く打ち手だ。

月曜の朝にやること

  1. ドライバー1人分の直近の給与明細を1枚、机に置く。
  2. 並んでいる手当を上から順に、自分の言葉で「なぜこの額か」を説明してみる。
  3. 説明できなかった手当の数を数える。それが、あなたの会社の「不信の在庫」の数だ。

全部説明できたら、この記事は読まなくてよかった会社だと思う。

よくある質問

Q. うちは同業より払っているほうだ。それでも辞めるのはなぜか。
A. 額と納得感は別の口座だからです。賃金の半分が変動給で、なぜこの額か本人が追えない状態では、高い給与も「たまたま今月は多かった」としか受け取られません。払っている自負があるなら、なおさら説明できる化の投資対効果は高い。すでに原資は出ているので、あとは伝わり方だけの問題です。
Q. 賃金規程を触ると「不利益変更」になるのが怖い。
A. その感覚は正しいです。この記事で勧めているのは規程の変更ではなく、今の規程を説明できる状態にすることまで。手当の整理・統合まで踏み込む場合は不利益変更の論点が必ず出るので、そこから先は社会保険労務士に入ってもらってください。何をどう聞けばいいかが分かる状態まで自社で整理しておくと、専門家への相談も安くて速くなります。
Q. 給与計算は社労士・会計事務所に任せている。うちは大丈夫では。
A. 計算の外注と、説明できることは別物です。委託先は規程どおりに計算はしてくれますが、なぜこの手当がこの額かを現場に説明するのは会社の仕事のまま残ります。委託していても、賃金規程と明細の対応表1枚は自社で持つ価値があります。

この記事の立場

人事として、賃金の計算と規程を扱う側にいた経験からの整理です。賃金制度は一度作ると、誰も全体を説明できなくなるまで増築されていく。悪意は誰にもない。ただ、説明できないものは、どれだけ払っていても信用されない。だから、金額を動かす前に「説明できる化」から始めることを勧めています。

出典

※辞めた理由の背景に関する記述は、筆者の人事としての現場経験に基づく観察です。(閲覧・確認日:2026-07-05)

「俺の手当、合ってるのか」と聞かれる前に、答えを持っておく。悪意は誰にもないまま、説明できないものが不信になって人を辞めさせる。それだけの話を、この記事では書いた。

この記事は「ドライバーの賃金・採用・評価」シリーズの一部です(全5本)