「うちは人事評価なんてしていない」——その会社も、評価はしている
ドライバーをどう評価するか。0円で始める最初の一歩まで
国が、運送会社に「人事評価をしなさい」と言い始めた。
2025年6月に公布された法改正で、ドライバーの賃金は「公正な評価に基づいて」支払うこと——それが、事業者の義務として法律に明記された。同じ改正で、許可はこれまでの終身から5年ごとの更新制になる。更新の審査で処遇をどこまで見られるかは今後の省令で定まるが、これまで「うちは評価制度なんてないから」で済んでいたことは、続けにくくなる。
ただ、これは脅しの話ではない。この記事で言いたいのは、もっと単純なことだ。評価をしていない会社は、そもそも存在しない。昇給の額を決め、賞与に差をつけている。その時点で、その会社はもうドライバーを評価している。ないのは「制度」ではなく——「納得の仕組み」のほうだ。
この記事は、その納得の仕組みをどう作るかの話をする。営業の成果主義を持ち込むとなぜ壊れるのか、人が評価に納得するのはどんな瞬間か、そして0円でできる最初の一歩まで。主に人事の側から現場を見てきた立場で書いた。
- 「評価をしていない会社」は、ない。昇給と賞与に差をつけている時点で、もう評価はしている。
- 若手が辞めるのは、給与が低いからではない。給与の理由が説明されないから辞める。足りないのは制度ではなく、納得の仕組みだ。
- 始まりは、紙1枚に「大切なこと」を5つ書くだけ。0円で今日できる。そして2028年6月までに、公正な評価に基づく賃金の支払いが事業者の義務になる。
「評価をしていない会社」は、ない
私は会社員だった頃から、ずっとこの声を聞いてきた。20代の頃、同級生も「うちは人事評価をしてくれない」「上司はちゃんと見てくれない」と言っていた。長く、人事の勉強なんて特別なことだと思われてきた領域でもある。だが、少し立ち止まると分かる。昇給や賞与の査定をしている時点で、その会社は人事評価をしている。「していないつもり」でも、差はついている。ドライバーAの昇給は3千円、Bは千円。その差を決めた誰かの判断が、そこにある。
問題は、評価をしているかどうかではない。その差を、説明できるかどうかだ。差の理由が社長の頭の中にしかなければ、若手は「なぜあの人が上なのか」が分からない。分からないまま、辞めていく。だから、足りないのは制度そのものではなく、「なぜこの差がついたか」を言葉にできる、納得の仕組みのほうなのだ。
先に言っておく——中小は、大企業と同じ土俵にいない
この先を読む前に、はっきりさせておきたいことがある。中小の運送会社は、大企業のように潤沢な母数もなければ、採用力もない。応募が10人来て9人を落とせる会社と、1人来てくれたら御の字の会社とでは、評価の前提がまるで違う。それを分かった上での話をしたい。「もっといい人を採れ」という話は、ここではしない。今いる人で、どう回すかの話だ。
もう一つ。社長が、長く一緒にやってきた側近を大切にするのは、私は正しいと思っている。信頼できて、言わなくても動いてくれる人を近くに置くのは、経営として自然なことだ。側近を大切にすること自体は、悪ではない。この記事は「側近を冷遇しろ」という話ではない。側近を大切にしたまま、若手にもきちんと説明がつく形を作れないか——その話をする。ここを取り違えると、社長にとって聞くに値しない記事になってしまうから、先に断っておく。
納得を殺すのは、たいてい「後付け」だ
評価が納得されるためには、本当は、期の初めに「今期は何を目指すか」を話し、期の終わりに「どれだけできたか」を話す必要がある。教科書はそう書いている。だが現場でよく見たのは、逆の順番だ。評価の期間が終わったあとに、目標設定と評価を、同時にやっている。
これをやると、どうなるか。期の途中の努力を誰も記録していないから、後から振り返っても「まあ、頑張っていたよね」としか言えない。結果、つけられる評価はAかSばかりになる。全員が高評価で、差がつかない。差をつけようにも根拠がないから、つけた瞬間に「なぜ自分がBなのか」と反発される。後付けの面談で、部下は納得できない。そして、この小さな不満が積もると、離職になる。
揉めるのは、たいていこの瞬間だ。期の初めに目標をすり合わせないまま期末を迎え、想定より低い評価がつく。そして、同僚より賞与が低いと知る。
理由を説明されないと、部下は「何を直せばいいのか」が分からない。低い点数そのものより、直し方が見えないことのほうが、人を辞める側へ押す。
特にこたえるのが、次の構図だ。私が現場で見たのは、こういうことだった。現状維持で、正直やる気があるとは言えない古株の社員が、自分より評価も給与も高い。それを知った若手が、「じゃあ頑張る意味は何なのか」と気づいて辞めていく。退職が続いて、私はそう思うようになった。
功労者にある程度報いるのは分かる。だが、功労者を「ずっと」評価し続けると、新しく入った人が頑張る理由を失う。
しかも今は、部下が転職を前提に入ってくる時代だ。昔のように「年功で、順番が来れば上がる」と言っても、彼らはその順番を待ってくれない。ここが、私自身が転職を経験して分かった、新しい悩みでもある。
教科書は「バイアスを消せ」と言う。現場は、消えない
私は、評価する側の研修で「バイアスを排除しろ」と教わる側であり、教える側でもあった。ハロー効果、好き嫌い評価——それをなくせ、と。だが、現場で長く見てきて、正直に思う。バイアスは、消せない。人はどうしても、自分と似たタイプ、考えの近い人を高く評価する。あるいは、自分の派閥の人のほうが、言わなくても分かってくれて、勝手に動いてくれる。だから、自然と評価が高くなる。悪気の問題ではなく、構造の問題だ。
構造は、もう一つある。評価者が部長で、現場の一般社員から二階級ほど上にいる場合だ。階層を守る組織では、部長は主任や一般社員に直接仕事を下ろさない。だから、間に立つ課長へ評価の前提を細かく聞かないと、日々の働きが見えないまま、印象や人当たりの良さで点がついてしまう。ここも、評価シートや評価の場のつくりで補うしかない。
これは、私の実感だけの話ではない。人事評価の研究でも、評価点のばらつきの多くは「評価される部下の実力差」ではなく「評価する上司の側の見方の違い」で説明される、という指摘がある(Scullen, Mount & Goff, 2000)。教科書がしつこく「バイアスを消せ」と言い続けるのは、裏を返せば、それだけ消えないからだ。消せる前提で作った制度は、現場でほころびる。
ただ、同じ研究の流れに、救いも書いてある。組織心理学のメタ分析では、人の納得感は「評価結果の良し悪し」よりも「評価に至る過程が公正だったか」のほうに強く左右される、という結果が出ている(Colquitt et al., 2001)。ここが肝心だ。バイアスをゼロにできなくても、過程を見える形にすれば、人は結果を受け入れられる。納得は、消せないバイアスの後からでも、作れる。この記事が言いたいのは、結局これに尽きる。
ドライバーを、運んだ量で測ると壊れる
では、ドライバーを何で評価するのか。多くの会社は、世に出回っている「成果主義」の型を借りてくる。だが、その型はたいてい営業職を想定して作られている。営業なら、受注額という分かりやすい成果がある。これをドライバーに当てると、まず「運んだ量」で測ろうとしてしまう。ここに落とし穴がある。
ドライバーが運ぶ量は、本人の頑張りより、配車の割り当てで決まる部分が大きい。割の良い長距離を任された人と、細かい市内配送を任された人を、運んだ量だけで比べれば、担当の違いがそのまま点数の差になる。これは公正な評価ではなく、配車表を写しているだけだ。当のドライバーが「頑張っても、担当次第じゃないか」と感じれば、制度はかえって現場をしらけさせる。
では、何を評価項目にするのか。答えは、会社が目指す方向から降ろしてくる。人事や評価は、それ自体が目的ではない。社長が目指すビジョンを実現するために、人・モノ・金を配る。その配り方の一つが評価だ。だから、会社が大切にしていることが、そのまま評価項目になる。
運送会社なら、荷扱いの丁寧さ、納品先での受け答え、急なシフトで仲間を助けるチームワーク。セールスドライバーなら、そこにセールスの要素も入る。引越しなら、チームワークと接客の比重が上がる。会社の色によって、中身は変わっていい。
ただし、忘れてはいけない前提がある。安全と法令遵守は、加点項目ではない。これは「できたら偉い」ではなく、「これを欠いたらトラックに乗せられない」という資格要件だ。飲酒運転や重大な違反は言語道断で、今はそれが表に出れば、事業そのものが続けられなくなる。だから安全は評価表の一項目に薄めて並べるのではなく、その手前の前提として置く。安全教育は、評価以前の土台なのだ。
もう一つ、大事な設計がある。ドライバーのままで、上がっていける道だ。多くの会社は、偉くなる=管理職になる、という一本道しか用意していない。だが運転が得意で現場が好きな人にとって、昇進だけが報い方では、報いたことにならない。
運転を続けながら等級と賃金が上がる、専門職のルートを用意する。技術者が、管理職にならなくてもエンジニアとして評価されるのと同じだ。ただし、これを機能させる条件が二つある。
| 条件 | 中身 |
|---|---|
| 処遇に上限を引く | 専門職ルートの賃金・処遇を、管理職と逆転させない |
| 見るところを決める | 後輩から評価される動き(技術を伝える・現場を支える)をしているかを見る |
この二つを外すと、ただの古株を優遇する抜け道になってしまい、意味がない。
最後に、人の話をひとつ。専門職ルートが本当に要る理由は、報酬の話だけではない。そもそも、人と話すのが得意でなくて、上司と同じ空間にいるのが嫌でドライバーになった人も、現場にはいる。運転中は、一人で、自分の裁量で動ける。その働き方を選んだ人に「出世したければ管理職になれ」とだけ言うのは、その人の選択を否定することになる。人には、向き不向きも、望む働き方もある。評価の設計は、そこまで含んで考えたい。
人が評価に納得する瞬間は、決まっている
ここがこの記事の心臓部だ。人はどんな時に、評価に納得するのか。私の結論はこうだ。目標に対して、やるべきことが細かく分けられていて、その一つひとつが適切に見られている時、人は納得する。
逆に言えば、「今期、頑張ったか?」という大きな問いのままでは、評価は主観のぶつかり合いにしかならない。上司は「まだ足りない」と思い、部下は「これだけやった」と思う。そのギャップは、大きな問いのままでは埋まらない。だが、目標を「そのために、何を、どこまでやるか」に分けておけば、話が変わる。目標に対して、今どこまで進んだかが、何十パーセントという形で見えてくる。見えれば、上司と部下の認識のズレは小さくなる。納得は、この「見える」の上に乗る。
そして、勘のいい方は気づいたと思う。これは、業務分解と同じことだ。大きな目標を、実行できる小さな単位に分ける。評価の納得を作る作業と、業務を分解する作業は、根っこが同じなのだ。だから評価制度を作れない会社は、たいてい業務も分解できていない。逆に、業務を分けられれば、評価の骨組みは自然と見えてくる。仕事の分け方そのものは業務分解のやり方に手順で書いた。なぜ分けることがそんなに効くのかは業務分解とは何かにまとめてある。評価の話とセットで読むと、つながって見えるはずだ。
側近を大切にしたまま、若手に説明がつく形にする
ここで、最初に置いた「側近」の話に戻る。社長が側近を大切にするのは正しい、と私は書いた。では、若手が「なぜあの人ばかり評価が高いのか」と不満を持つ問題は、どう解くのか。
答えは、側近を冷遇することではない。評価の基準を、紙に出すことだ。基準が言葉になっていれば、「あの人の評価が高いのは、こういう働きをしているからだ」と、若手に説明できる。長年の信頼や、言わなくても動く安心感。それも、言葉にすれば立派な評価項目になる。基準が見えないから「えこひいき」に見えるだけで、基準が見えれば「なるほど、あそこを評価しているのか」に変わる。側近を大切にしたまま、若手には説明がつく。両立できる。両立させる道具が、紙に書いた基準なのだ。
大企業の評価は「選ぶ道具」、中小の評価は「辞めさせない道具」
もう一段、根っこの話をしたい。そもそも、評価は何のためにあるのか。ここで、大企業と中小は、目的が違うと私は考えている。
大企業の評価は、選抜の道具だ。たくさんいる人材の中から、誰を昇進させ、誰を残すかを、順位をつけて選び分ける。
母数が多いと相対評価が成り立つのには、理由がある。人数が増えるほど、人件費の原資——昇給や賞与に回せる総額——の管理が厳密になり、限られたパイを分けるのに順位が要るからだ。裏を返せば、数人の会社なら、一人ひとりの「できた・できない」を積み上げる絶対評価で足りる。原資が多少上下しても、ほかの予算で調整がきく。
だから、上位何割・下位何割と機械的に割り振る相対評価を10人の会社に持ち込むと、壊れる。10人で順位をつければ、誰かを上げるたびに誰かを下げることになる。毎日顔を合わせ、互いの仕事が見えている職場で、「あなたは下位」は角が立つ。小さな会社に、選抜の道具は要らない。
付け加えると、選抜型の評価は本来、上に選び上げるだけでなく、下に振り分けて退出をうながす出口までがセットになっている。だが日本では、雇用を守る慣行が強く、評価で人を辞めさせる仕組みは実務上そう簡単には成立しない。だから選抜型の評価は、日本では大企業ですら下半分がうまく機能していないことが多い。
その、本場でも半分しか回っていない道具を、中小がそのまま輸入するのは、二重に意味がない。下方向の出口が使えないなら、評価に残る機能は、上でも下でもなく——人を留め、伸ばすこと、つまり納得と育成のほうだ。
中小の評価は、「今いる人が辞めない・育つ」ための道具だ。目的が違う。だから、大企業の評価から削るものと、残すものがはっきりする。削るのは、選抜の機能。残すのは、納得と育成。順位づけをやめて、「これができていれば加点」という積み上げ式にする。全員が基準を満たせば、全員が報われていい。それで困らない設計にする。中小にとって、評価は人を振り分ける刃物ではなく、人を留め、伸ばすための物差しなのだ。
- 期末に、目標設定と評価を同時にやっている(=後付けで、AかSしかつかない)
- 運んだ量・売上だけで点をつけている(=配車表を写しているだけ)
- 10人の会社で、上位・下位と順位づけをしている(=選抜の道具を、留める場に持ち込んでいる)
- 昇進の道が「管理職になる」しかない(=運転を続けたい人に報いられない)
- 評価の基準が紙になっておらず、社長の頭の中にしかない(=側近優遇が説明できない)
最初の一歩——0円、大切にすることを紙に5つ
立派な評価シートを買う必要はない。今日できるのは、これだけだ。
- 紙を1枚用意して、「うちの会社が、大切にすること」を5つ書き出す。抽象的な言葉ではなく、具体的に。「安全のためなら、納期を落としてもいい」「お客さんに嘘をつかない」——このくらいの粒度で書く。費用はゼロ。
- その5つを、社長と現場のベテランの二人で見て、言葉をそろえる。「丁寧」とはどういう状態か、まで落とすと、点がつけやすくなる。二つの目で見るだけで、好き嫌いはかなり薄まる。
- 次の面談で、その5項目を使って、一人ぶんだけ試しに書いてみる。うまく点がつかない項目があれば、それは言葉がまだ荒い証拠だ。直して、次に進む。
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評価制度づくりは、道具を入れる話ではなく、「自社は何を良しとするのか」を言葉にする作業から始まる。そこが定まらないまま形から入ると、誰も説明できない仕組みが、もう一つ増えるだけだ。そのいい例が、各種の手当だろう。なぜいくら付いているのか、もう誰も言えない。そんな会社は多い。話の続きは手当は合っているのかに書いた。
期限は、もう決まっている
最後に、なぜ今この話なのかを書いておく。長く後回しにされてきたこの領域が、法律の要件に近づいた。2025年(令和7年)6月に公布された貨物自動車運送事業法の改正で、事業者はこう定められた。「運転者その他の労働者が有する知識、技能その他の能力についての公正な評価に基づく適正な賃金の支払その他の労働者の適切な処遇を確保するために必要な措置を実施するものとする」。そして、この処遇確保の措置は、5年ごとの許可更新の要件にも組み込まれた。つまり、ドライバーをどう評価し、どう賃金に結ぶかを説明できることが、事業を続ける条件の一つになっていく。
スケジュールも、おおよそ見えている。この評価と処遇に関する部分の施行は公布から3年以内、つまり2028年ごろ。そこからさらに2年の経過措置を経て、更新の審査が始まる——2030年ごろだ。もちろん、評価に見合う賃金を払うには原資が要る。その原資は結局、運賃だ。だから評価の整備は、標準的運賃による適正な原価の収受と、両輪の関係にある。なお、具体的にどんな評価方法や基準が求められるかは、これからの省令で定まる部分が残っている。細部が確定していない点は、正直に書いておく。
ただ、締切があること自体は、悪い話ばかりではない。期限が決まっているなら、今から手をつければ間に合う。始まりは、紙一枚と、5つの言葉でいい。「うちの会社は、ドライバーの何に報いるのか」。その一行を書くところから、評価は、説明できる形に変わり始める。
そして、これは制度の話であると同時に、もっと手前の話でもある。いま自社で辞めていく人がいるとしたら、その理由は本当に給与の額なのか。それとも、その額の理由を、誰も説明していないからなのか。そこを一度考えてみるだけで、次に打つ手は変わってくると思う。
運送会社の人事制度・評価賃金制度は、何から作るか
運送会社の人事制度は、二つに分けると作りやすい。何を良しとするかを決める「評価の物差し」と、その結果を給与のどこに反映させるかの「賃金への反映」だ。評価賃金制度と呼ばれているものも、中身はこの二つの組み合わせになる。物差しだけあって給与に効かなければ、面談は形だけになる。給与の表だけあって物差しがなければ、差の理由はまた社長の頭の中に戻る。
10〜30人の会社で先に決めたいのは、基本給の号俸表(等級と号ごとに金額を並べた表)より、評価を歩合・手当・賞与のどれに効かせるかのほうだ。運送会社の給与は、基本給の上に歩合と手当と賞与が乗っている。走った量は、たいてい歩合ですでに払っている。そこへ評価でも量を数えると、担当ルートの差を二度数えることになる。物差しごとに効かせる先を並べると、こうなる。
| 評価の物差し | 賃金のどこに効くか | 10〜30人の会社での最小の形 |
|---|---|---|
| 安全・法令を守る | 評価の点にはしない。欠けたら乗務させない前提条件 | 紙の1行目に「乗せる条件」として書く |
| 荷扱い・納品先での対応 | 賞与の差 | 評価項目3つのうちの1つにして、社長と班長の二人で見る |
| 走った量・運行数 | 歩合(すでに払っている分) | 評価の点に入れない。量は歩合の計算に任せる |
| 後輩に教える・現場を支える | 手当(指導役など役割に付けるもの) | なぜその額かを1行で書けるものだけ付ける |
| 勤続・年次 | 基本給の昇給 | 号俸表は後回し。いまの昇給の決め方を1行で書いておく |
最初の反映先は、賞与が扱いやすい。賞与は残業の時間単価にも最低賃金の比較にも入らないので、評価で差を付けても、ほかの数字が一緒に動かない。歩合・固定給・手当のどれで上げると何が歪むかは、最低賃金の引き上げに、運送会社はどう対応するかに架空の4名の数字で並べた。
号俸表を後に回すのは、自分の実務から見えたことでもある。人事の側から給与を見てきて、実力主義をうたう制度でも、年次が上がればよほどのことがない限り給与も上がっていく面が残っている、と感じることが多かった。
だから最初に作るのは、紙1枚でいい。書くのは三つだ。評価項目を3つ(前の節の「大切にすること」5つから、ドライバーの日々の仕事で見えるものを選ぶ)。誰が付けるか(社長と班長のように、二つの目で)。いつ給与に反映するか(次の賞与か、次の昇給か)。この紙があれば、制度の名前がまだなくても、若手に差の理由を説明できる。反映先に手当を選ぶなら、手当を1本足すと残業の時間単価も上がること、そして増やすほど説明できなくなることは見ておきたい。後のほうの話は「俺の手当、合ってるのか」に書いた。
よくある質問
- Q. 「うちは人事評価をしていない」という会社でも、評価はしているのですか?
- A. しています。昇給の額を決め、賞与に差をつけている時点で、その会社はもうドライバーを評価しています。ないのは「制度」ではなく「納得の仕組み」です。査定はあるのに、その根拠が社長の頭の中にしかないと、若手は差の理由が分からず、辞める理由になります。まずは、頭の中でやっている査定を紙に出すことから始まります。
- Q. ドライバーの評価は、営業の成果主義と何が違うのですか?
- A. 営業は受注額という分かりやすい成果がありますが、ドライバーが運ぶ量は本人の頑張りより配車の割り当てで決まる部分が大きく、量で測ると担当ルートの差がそのまま点数の差になります。ドライバーの成果は、安全・荷扱い・納品先での対応・チームワークといった数字になりにくいところに出ます。安全や法令遵守は加点項目ではなく、これを欠くとトラックに乗せられないという前提条件です。評価項目は、会社が目指す方向から降ろして作ります。
- Q. 小さな会社が、評価で最初にやるべきことは何ですか?
- A. 会社として大切にすることを、紙に5つ書き出すことです。費用はかかりません。「安全のためなら納期を落としてよい」「お客さんに嘘をつかない」くらいの、具体的な言葉で書きます。立派な評価シートを買う前に、自社は何を良しとするのかを言葉にするのが先です。10人ほどの会社に順位づけの相対評価を持ち込むと、かえって職場がぎくしゃくするので、順位ではなく積み上げ式が向いています。
この記事の立場
私は物流の会社で、主に人事の側から、評価制度の運用と管理職研修を見てきました。評価する側に「バイアスを排除しろ」と教える、その教える側でもありました。教えなければ好き嫌いの評価になり、反りの合わない相手のやる気を削いでしまうからです。
本文に書いたのは、特定の会社の個別の考課の中身ではなく、現場で繰り返し見た構図と教訓だけです(人事の情報は守秘に関わるため)。
改正法の内容と施行時期は、国土交通省の公表資料に基づきます。ただし、処遇の確保が許可更新の審査でどこまで見られるかは条文で確認できておらず、評価方法の具体的な基準も今後の省令で定まります。本文ではその旨を記しました。引用した研究のうち一つは、原論文の全文までは確認できていません。
自社の評価制度の設計や、賃金・就業規則への反映は、最新の条文と省令、必要に応じて専門家への確認のうえで進めてください(本記事は制度設計の代行や個別の助言を行うものではありません)。
出典
- 国土交通省「トラック適正化二法のポイント」(処遇確保義務の条文相当の文言・許可更新要件への組み込み・施行スケジュール)国交省「トラック適正化二法のポイント」(PDF)
- 国土交通省 制度ページ(貨物自動車運送事業法の改正)国交省 制度ページ
- 評価者側のばらつきに関する研究:Scullen, S. E., Mount, M. K., & Goff, M. (2000). Understanding the latent structure of job performance ratings. Journal of Applied Psychology, 85(6).(要旨・二次資料で確認)https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11125659/
- 過程の公正さと納得に関するメタ分析:Colquitt, J. A., et al. (2001). Justice at the millennium. Journal of Applied Psychology, 86(3).(本文で確認)https://goal-lab.psych.umn.edu/orgpsych/readings/6.%20Organizational%20Justice/Colquitt,%20Conlon,%20Wesson,%20Porter,%20&%20Ng%20(2001).pdf
ドライバーをどう評価するか、という問いは、これまで多くの運送会社で後回しにされてきた。だが「評価なんてしていない」という会社も、実は毎年、差をつけている。足りないのは制度ではなく、その差を説明できる、納得の仕組みのほうだ。それは紙一枚から作れる。「うちは、何に報いるのか」——その一行を書くところから、始まる。その記録として、この記事を書いた。動きがあれば、追記していく。