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「標準的運賃」とは——その運賃、下げる根拠はあるのか

標準的運賃とは、国が「この価格を割ると運送会社の商売が成り立たない」という目安を、運ぶ距離や時間ごとに示した公的な運賃の物差しだ。国土交通省は2024年、この物差しを新しくして、水準を平均で8%引き上げた。守らなくても罰則はない参考の数字だが、荷主から「もっと安くしてほしい」と言われたとき、感覚ではなく国が示した金額を根拠に話ができる。問題は、その物差しに自社のいまの運賃を当てたことがある会社が、どれだけあるかだ。

運賃の話は、たいてい荷主のほうから来る。「他はもっと安い」「今期は厳しいから据え置きで」。言われた側は、その一言に返す数字を持っていないことが多い。長年の付き合いと、次も仕事をもらえるかという不安のなかで、なんとなく前の年と同じ額に落ち着く。値段の根拠が、相手の言い値のほうにしかない状態だ。

この記事では、「標準的運賃」という言葉が何を指すのか、国がいつ何を決めたのか、大手の決算にはどんな動きが出ているのか、そして10〜29名規模の運送会社が自社の1ルートを国の運賃と並べると何が見えるのかを、公開情報と試算で見ていく。

「標準的運賃」とは、国が示した"下限の物差し"

まず、標準的運賃は「必ずこの額で運びなさい」という強制の料金ではない。貨物自動車運送事業法に基づく参考の運賃で、これより安く運んでも法律違反にはならないし、この額を荷主に必ず払わせる強制力もない。あくまで「国が原価をもとに計算した、これくらいはかかるはずという目安」だ。

では、参考にすぎない数字に意味があるのか。ある。これまで中小の運送会社にとって、運賃交渉のテーブルに乗る数字は荷主の言い値だけだった。「他社はもっと安い」と言われれば、それを否定する材料が手元にない。標準的運賃は、そこに「国が原価をもとに示した水準」というもう一つの物差しを置く。守らせる力はなくても、下げてくれと言われたときに「国の告示ではこのくらいです」と返せる。その一言があるかないかで、交渉の立ち位置は変わる。

なぜ今、国は運賃に物差しを持ち込んだのか

この物差しは、去年おととい急に出てきたものではない。国土交通省は2024年3月22日に新しい標準的運賃を告示した(令和6年国土交通省告示第209号)。あわせて標準運送約款も同日告示され、こちらは同年6月1日に施行された。ポイントは大きく2つある。

1つ目は、運賃水準そのものを平均で8%引き上げたこと。燃料も人件費も上がるなかで、以前の目安のままでは原価に追いつかない、という判断だ。2つ目は、荷役や待機など「運ぶ」以外の作業の対価を、運賃とは別建てで示したこと。積み降ろしや順番待ちに値段をつけ、運賃に混ぜ込まずに請求できる形を、国が具体的な金額の目安として示した。

背景には、運送会社の利益が構造的に薄い、という現実がある。国は2023年に物流の政策パッケージをまとめ、商慣行の見直し・物流の効率化・荷主や消費者の行動変容を三本柱に据えた。標準的運賃の拡充も、再配達の削減も、この柱の下に置かれた個別の施策だ。安く運ぶ競争が続けば、いずれ運ぶ会社が消えて荷物が届かなくなる——その危機感が、運賃に公的な下限の物差しを持ち込ませた。安さ競争から抜ける出口として、国が用意したのが標準的運賃だと考えていい。

※本記事の制度・運賃の説明は一般的な内容です。告示の運賃表の具体額や、個別の契約・料金の判断は、所属するトラック協会や専門家に確認してください。

大手の決算は「運賃を取り戻す」と書き始めた

運賃を上げに動いているのは、国だけではない。上場している大手物流会社の決算資料を読むと、「運賃をきちんと取り直す」という趣旨の記述が、経営課題としてはっきり書かれ始めている。

たとえば西濃運輸を傘下に持つセイノーホールディングスの有価証券報告書(第102期・2023年3月期)は、「2024年問題」という言葉が初めて登場した年に、「コスト増となる長距離帯や、採算性の低い高重量帯を中心に適正運賃収受を進め」と、運賃を取り直す方針を具体策とセットで明記した。運ぶこと自体のコストが上がったから、その分を運賃で受け取り直す、と会社が公の書類で宣言している。

ただし、大手も楽に上げられているわけではない。同社の輸送事業の利益率は3〜5%で推移し、翌2024年3月期には有報に「ドライバー不足による傭車・外注費の増加」が明記され、利益率は4.6%から3.2%へ落ち込んだ。福山通運の有報を見ると、下請け(傭車先)への支払いである傭車費は3年で約15%伸びているのに、本体の運送事業の利益率はその間にほぼ半減している。大手ですら、上がったコストを運賃で完全には取り戻せていない。

ここから中小が読み取るべきことは2つある。1つは、運賃は「上げていい・取り直していい」方向に、国も大手も動いているという事実。もう1つは、大手自身の利益も削られているから、下請けへの値上げは簡単には通らないという現実だ。だからこそ、言い値に流されないための自分の物差しを、自社の数字で持っておく必要がある。

自社の主要1ルートを、告示と並べてみる(試算)

ここでは、ドライバー10名・地場配送中心の10〜29名規模の会社を想定して考える。主要ルートの一つ「福岡→北九州・中型車・1運行」を例に、いまの運賃(実勢運賃)と、国の標準的運賃を並べる差額表を作ってみる。

ただし注意してほしい。告示の距離制運賃表の具体額は、本記事ではあえて記入しない。運賃表は距離帯・車種で細かく分かれ、正しい額は自社のルートを国交省の表で引いて初めて出るからだ。ここで示すのは「並べると何が見えるか」という枠であり、下の数字はすべて仮に置いた記入例である。

項目金額(すべて仮の記入例)出どころ
実勢運賃(いまの請求額)15,000円/運行自社の請求書(ここでは仮定)
標準的運賃(告示の目安)◯◯円/運行 ←ここを表で引く国交省の距離制運賃表(各社が記入)
差額(告示−実勢)仮に +2,000円/運行 とすると上2つの差

差額が出たら、年間に伸ばす。この1ルートを月20運行・年間240運行走っているとすれば、1運行あたり2,000円の差は、1台・1ルートで年に約48万円。もし主要な数ルートで同じくらいの差が出ていれば、会社全体では数百万円規模で、本来受け取れたはずの運賃を取りこぼしている計算になる。

くり返すが、この48万円は仮の記入例だ。実勢運賃も、告示の額も、差額も、あなたの会社の実数はまるで違う。本物の数字は、国交省の運賃表で自社のルートを引き、自社の請求額と並べた瞬間に出る。それをやっていないと、「もっと安く」と言われたときに、下げていい運賃なのか、すでに割れている運賃なのかすら分からないまま、返事をすることになる。

「下げてくれ」に、なぜ根拠で返せるか

ここで、打ち手をいきなり「告示額を突きつける」に飛ばすと、たいてい話が壊れる。運賃交渉は料金表だけの問題ではなく、長年の取引関係をどう動かすかという組織側の問題だからだ(適応課題)。相手の言い値に、国の紙一枚で真正面から反論すれば、次の仕事が来なくなる不安が先に立つ。

一方で、自社のルートを運賃表で引き、実勢との差を金額に直す作業は、感情の要らない計算だ(技術課題)。ここは道具や手順に落とせる。だから順番はこうなる。まず引く(自社ルートを告示の運賃表で引く)、次に並べる(いまの運賃との差を1枚にする)、最後に相談の形にする(値上げの要求ではなく「国の告示ではこの水準で、うちはこれだけ下回っている」という事実の共有から入る)。国のトラック・物流Gメンや相談窓口は、この最後の段階で後ろ盾になる。順番を逆にして、数字を持たずに額から切り出すと、後ろ盾を使う前に話が終わる。

月曜の朝にやること

  1. 自社の売上が大きい主要ルートを1つ選ぶ。よく走る、荷主が決まっている、金額を思い出せる——その1本でいい。
  2. 国土交通省の標準的運賃(距離制運賃表)で、そのルートの距離・車種に当たる額を引く。所属するトラック協会に聞けば、自社の地域ブロックの表がすぐ出てくる。
  3. 引いた告示の額と、いまの請求額を並べて差額を書く。年間の運行回数を掛ければ、その1ルートで取りこぼしている(あるいは適正に取れている)金額が見える。

もし引いてみて、いまの運賃が告示とほぼ同じか上回っていたら、その運賃は下げる根拠のない、正しく取れている運賃だ。堂々と据え置きを主張していい。多くの会社は、引いた瞬間に「こんなに下回っていたのか」と黙り込む。下げる根拠があるかどうかは、物差しに当てるまで分からない。

私は物流の会社で、主に人事の側から現場を見てきた。運賃交渉そのものは営業の仕事だが、値上げが通らずに戻ってきた営業と、コストの実態を誰よりも知っている現場の板挟みは、管理側からよく見えた。ドライバーや配車は「この値段では割に合わない」と分かっている。経営は取引を切られるのが怖い。あいだで、根拠のない我慢だけが積み上がっていく。国がようやく物差しを出したいま、その我慢に金額の裏づけを与えられるかどうかが、次の交渉を分ける。

私が物流の会社で新規事業を担当していた頃、路線便の運賃は、まず国の基準があって、営業はそこからの「掛け率」で値段を組み立てていた。6掛け、4掛け、3掛け——かつて国の認可運賃が基準にあった時代の名残で、基準から割り引いてお客を取る。ロットが少なければ基準どおり、量が多くて自社の拠点に持ち込んでくれる荷主には「もう少し安くできます」と返す。頭のなかで動いていたのは、いつも基準からの引き算だった。だから、国が基準の運賃を動かすことのインパクトは大きい。基準からの掛け率で動く業界では、基準そのものが上がれば、価格全体が動く。

もう一つ、3PLの現場で学んだことがある。荷役も、梱包材も、伝票貼りも、集荷時間を過ぎた分も、すべてに値札がついていた。運ぶ以外の作業をタダで抱え込まない——国が荷役などの対価を運賃と別建てで示したいま、その割り切りは中小にこそ要る。

最後に、この物差しそのものの先行きにも触れておく。実は標準的運賃は、2025年6月の改正貨物自動車運送事業法で「廃止」が法律で決まっている。物差しがなくなるのではない。参考値だった標準的運賃を、「適正原価」を下回る運賃での運送を禁じる、より実効性のある制度へ置き換える方向だ(施行は2028年6月ごろが目途)。なぜ置き換えるのか。参考値のままでは、現場が思うほど動かなかったからだ。国の2025年の実態調査では、標準的運賃の8割以上を実際に収受できた事業者は約45%にとどまる。半分以上は、国が示した水準の8割すら取れていない。だから国は、罰則のない「参考」から、下回れば違反となる「下限」へと舵を切ろうとしている。かつて上限を抑えるためにあった国の運賃が、今度は下限を守るために戻ってくる。

(2026年7月追記)「参考」から「守るべき下限」へ——2026年の法改正

この物差しは、いま性格を大きく変えようとしている。2025年6月11日に公布された改正貨物自動車運送事業法(令和7年法律第60号)で、罰則のない「参考」だった標準的運賃は、事業者が守るべき「適正原価」へと置き換わる方向が決まった。標準的運賃が「下げてもいいが目安はここ」という水準だったのに対し、適正原価はこれを収受することを事業者に課す義務であり、違法な取引には荷主側にも国の規制・是正指導が及ぶ。守らなければ、後述の許可更新で不利になる。

スケジュールも決まっている。適正原価の遵守義務は公布から3年以内、つまり2028年6月までに施行され、そこからさらに2年の経過措置を経て、2030年ごろから、5年ごとの許可更新の申請・審査が始まる。この更新審査で、適正原価の収受をはじめ法令の遵守状況が見られることになる。適正原価の具体的な金額は施行後に国が告示する見込みだが、いまの標準的運賃は、その適正原価を荷主・事業者の双方に示す参考値として位置づけられている。つまり、いま標準的運賃で自社のルートを引いておく作業は、そのまま2028年以降の準備になる。

期限は決まっている。2028年6月に向けて、参考値のうちに自社の数字を持っておくか、義務になってから慌てるか。今からなら、まだ間に合う。(出典:国土交通省「トラック適正化二法のポイント」/改正貨物自動車運送事業法=令和7年法律第60号・2025年6月11日公布)

よくある質問

Q. 標準的運賃は、守らないと罰則があるのか。
A. 罰則はありません。標準的運賃は貨物自動車運送事業法に基づく「参考」の運賃で、これより安く運んでも法律違反にはならず、逆にこの額を必ず請求できる強制力もありません。ただ、性格は「参考」でも、国が原価をもとに「このくらいはかかる」と告示した公的な数字である点は変わりません。荷主から値下げを求められたとき、感覚ではなく国の物差しを根拠に話ができる——強制力がないからこそ、使うかどうかで差がつく数字だと考えたほうがいいです。
Q. 荷主に「これは国の基準です」と示すのは、角が立たないか。
A. 基準そのものをいきなり突きつけると角が立ちます。順番としては、まず自社の主要1ルートの実勢運賃と告示の運賃を並べ、差がいくらあるかを社内で把握するのが先です。そのうえで、値上げではなく「国の告示に照らすとこのくらいの水準で、うちはこれだけ下回っている」という事実の共有から入ると、話が喧嘩になりにくい。国はトラック・物流Gメンや相談窓口も整えており、極端に買いたたかれている場合はそこに相談する後ろ盾もあります。まずは自社の数字を持つことです。
Q. 実勢運賃が告示を下回っている場合、いきなり告示額を請求できるのか。
A. いきなり告示額に置き換えるのは現実的ではありません。標準的運賃は交渉の物差しであって、自動的に適用される料金ではないからです。段取りとしては、まず自社の主要ルートを告示の運賃表で引き、実勢との差額を1枚にする。次に、燃料や人件費の上昇など差を説明できる材料をそろえる。そのうえで、一度に満額ではなく段階的に近づける相談として持ちかけるのが通りやすい順番です。数字と記録がないまま満額を求めると、根拠のない値上げと受け取られ、かえって通りにくくなります。
Q. 標準的運賃はいつまで使えますか?今後どうなりますか?
A. 2020年に始まり2024年3月に改定された「標準的運賃」は、罰則のない参考値として示されてきたものです。ただし2025年6月の改正貨物自動車運送事業法で、国土交通省の資料に「これに伴い、『標準的運賃』は廃止する」と明記されました。物差しがなくなるという意味ではありません。参考値だった標準的運賃を、「適正原価」を下回る運賃での運送を禁じる、より実効性のある制度へ置き換える方向です。この部分の施行は公布から3年以内とされており、2025年6月の公布から逆算すると2028年6月ごろが目安になります(具体的な期日は今後の政令で決まります)。当面は現行の標準的運賃が実務の物差しですが、「参考にする目安」から「下回れば違反となる下限」へ性格が変わっていきます。
Q. 標準的運賃は、どこで確認できますか?
A. 国土交通省の「標準的な運賃・標準運送約款について」のページで、告示本文と運賃表が公開されています。運賃表は距離制と時間制の2種類があり、いずれも車格(小型車2tクラス・中型車4tクラス・大型車10tクラス・トレーラー20tクラス)で分かれています。あわせて、待機時間料や積込料・取卸料といった「運送以外の役務」の料金も、運賃とは別に収受するものとして示されています。具体額はルートごとに変わるため、自社の主要ルートを1本選び、車格と距離を告示表に当てはめて、いまの運賃と並べてみるのが最初の一歩です。

この記事の立場

物流の会社で、主に人事の側から現場を見てきた経験からの整理です。運賃が安いまま据え置かれるのは、誰かの怠慢ではなく、次も仕事をもらいたいという当たり前の心理と、返す数字を持っていないことの積み重ねで起きます。悪意はどこにもない。ただ、下げていい運賃なのか、すでに割れている運賃なのかを測らないまま返事をすると、我慢だけが続きます。だから、交渉のテクニックより先に、自社の主要ルートを国の運賃表で引いて並べることを勧めています。

出典

※この会社の差額表の金額(実勢運賃・告示の額・差額)は、すべて「並べると何が見えるか」を示すための仮の記入例です。告示の距離制運賃表の具体額は距離帯・車種で異なり、正しい額は自社のルートを国交省の運賃表で引いて確認してください。(閲覧・確認日:2026-07-10)

下げていい運賃なのか、すでに割れている運賃なのか。それは、国の物差しに自社のルートを当てるまで分からない。標準的運賃は、そのために国が用意した一本の定規だ。あとは、それを手に取って自分のルートを引くかどうかだけである。

この記事は「2024年からの法改正」シリーズの一部です(全13本)