改善基準告示とは何か——拘束時間を、数えているのは誰か
「2024年問題」とは、要するに残業を減らせという話だと思われがちだ。だが実体は少し違う。国がドライバーに定めたのは、1人を朝出てから夜帰るまで、1年で何時間・1か月で何時間まで拘束していいか、という上限だ。これを決めているのが「改善基準告示」で、上限は年3,300時間・月284時間。問題は、この時間を通しで数えている会社が、意外なほど少ないことである。違反は悪意から起きるのではなく、たいてい「誰も数えていなかった」という記録の不備から始まる。
ドライバーの1日を思い浮かべてほしい。朝、点呼を受けて車を出す。着いた先で順番を待つ。自分で積んで、降ろして、検品を手伝う。昼をはさんで午後もまわり、帰ってきて日報を書き、点呼を受けて終わる。このうち「運転していた時間」は、記録に残る。では、待っていた時間・作業していた時間・点呼していた時間は、どこで合計されているだろうか。
この記事では、改善基準告示という言葉が何を指すのか、2024年の改正で何が変わったのか、そして地場の中小運送会社で1人のドライバーの1日がどう積み上がって上限に近づくのかを、時間割に分けて見ていく。数字を追うと、「残業」ではなく「拘束時間」が本丸だと見えてくる。
「改善基準告示」とは何か
改善基準告示は、正式には「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」という、厚生労働大臣の告示だ。トラック・バス・タクシーの運転者について、働きすぎを防ぐために「拘束時間」の上限と「休息期間」の下限を定めている。労働基準法そのものではないが、これに違反すると行政指導や監査の対象になる。労働基準監督署の監督で違反が見つかれば運輸局へ通報され、車両の使用停止といった行政処分につながることがある。
ここでカギになるのが「拘束時間」という言葉だ。拘束時間とは、始業から終業までのすべて——運転も、荷待ちも、荷役も、点呼も、休憩まで含めた、会社に縛られている時間の総量を指す。世間でいう「残業(時間外労働)」とは別の物差しである。残業は「決められた労働時間を超えた分」を数えるが、拘束時間は「朝出てから夜帰るまで丸ごと」を数える。だから、残業代をきちんと払っている会社でも、拘束時間の上限のほうは超えていることがある。
2024年の改正で、何が変わったのか
改善基準告示は2024年4月に改正版が適用された。世間で「2024年問題」と呼ばれるものの正体は、この改善基準告示の改正と、時間外労働の年960時間上限が、同じ2024年4月に同時に効き始めたことだ。「残業の上限」と「拘束時間の上限」という2枚の網が、同時にかぶさった。
改正での主な変更は、拘束時間の上限が引き下げられ、現在は年3,300時間・月284時間が原則の上限になったこと。あわせて、勤務と勤務の間にとる休息期間が「継続11時間を基本、最低でも9時間」へと強化された。1日単位の拘束時間にも原則と最大の別があるが、その具体的な時間数は例外規定も多く込み入っているため、自社の運行に当てはめるときは改正告示の本文と厚生労働省の資料で確認してほしい。この記事では、より確実に効いてくる月・年の上限を軸に見ていく。
大手の決算にも、「時間」のコストは出ている
拘束時間や労働時間のコストが利益を削るのは、中小だけの話ではない。上場している大手物流会社の有価証券報告書を読むと、荷待ち・荷役・労働時間そのものの数字が独立して載っているわけではないが、各社がそろって「2024年問題への対応」を経営課題として書き始めている。興味深いのは、その書き方の変化だ。「2024年問題」という言葉が大手数社の有報にそろって現れるのは、2023年3月期あたりから。それまでは「労働需給の逼迫」といった抽象的な表現でしか書かれていなかった課題に、固有名詞がついた瞬間である。
このシリーズの前回、セイノーホールディングス(西濃運輸グループ)の輸送事業の利益率が4.6%から3.2%へ落ちたことに触れた(標準的運賃とは何か)。有報がその要因に挙げたのは「ドライバー不足による傭車・外注費の増加」——つまり、運んでもらう時間を確保するためのコストだ。前回は運賃の話として読んだこの数字は、時間の話としても読める。大手ですら、時間の確保にお金がかかる時代に入った。体力のある会社は、それを数字で開示し、対応策を経営課題として書く。ならば、開示義務も余力もない中小の現場では、その「時間」は誰が数えているのか。
ドライバーの1日の時間割(10台規模の会社・試算)
ここで、架空の中小運送会社「10台で回している会社」を置いて、1人のドライバーの1日を時間割に分けてみる。ドライバー10名、地場配送中心の10〜29名規模の会社だ。以下は前提を仮に置いた試算で、時刻や各作業の長さは実在のデータではなく、地場配送でよくある1日を組み立てたものだ。
| 時間帯(例) | していること | 区分 | 時間 |
|---|---|---|---|
| 5:30〜6:00 | 出勤・点呼・アルコールチェック・車両点検 | 点呼等 | 0.5h |
| 午前・午後 | 営業所と配送先の間を走る | 運転 | 6.0h |
| 着地で | バース(接車口)が空くのを待つ | 荷待ち | 1.5h |
| 各配送先で | 積み込み・荷降ろし・検品・棚入れ | 荷役 | 3.5h |
| 日中 | 昼休憩 | 休憩 | 1.0h |
| 帰庫時ほか | 日報記入・待機・その他の移動 | その他 | 1.5h |
| 1日の拘束時間(始業5:30〜終業19:30) | 14.0h | ||
この日、ドライバーは14時間、会社に拘束されている。ところが、デジタコ(運行記録計)にはっきり残るのは「運転6時間」だけだ。残りの8時間——荷待ち・荷役・点呼・休憩・待機は、走っていない時間なので運転記録には出てこない。拘束時間の6割近くが、どこにも合算されないまま消えていく。これが「数えているのは誰か」という問いの答えだ。記録は、ある。点呼記録も日報も残っている。ただ、それを月・年で足し上げて「上限まであと何時間か」を見ている会社は多くない。記録があることと、集計されていることは別だ。
その1日を、月と年に引き伸ばすと
1日14時間の拘束を、月20日続けたとする。単純に掛けると月280時間。改善基準告示の月の上限284時間に、あと一歩まで肉薄する。繁忙期に稼働が月22日に増え、1日平均が14.5時間まで延びれば、月319時間で上限を超える。年で見ても、14時間×20日×12か月=3,360時間となり、年の上限3,300時間を上回る。
| ならし方 | 拘束時間の合計 | 国の上限との距離 |
|---|---|---|
| 1日14時間・月20日 | 月280時間 | 月284時間まで、あと4時間 |
| 1日14.5時間・月22日(繁忙) | 月319時間 | 月284時間を35時間超過 |
| 1日14時間・月20日・年間 | 年3,360時間 | 年3,300時間を60時間超過 |
怖いのは、この超過が「悪いことをしよう」として起きるわけではない点だ。荷主先で予定外に待たされた。積み込みに人手が足りず手荷役になった。帰りが渋滞した。どれも現場ではありふれた一日で、誰も上限を破るつもりはない。ただ、拘束時間を通しで数えていないから、上限に近づいていることに気づけない。違反の入口は、悪意ではなく記録の不備にある。
順番は「1人・1日から数える」
ここで打ち手をいきなり「勤怠システムの入れ替え」や「全車デジタコ更新」に飛ばすと、たいてい話が大きくなりすぎて止まる。必要なのは、まず自社の拘束時間が上限とどれくらいの距離にあるかを知ることだ。それは、道具を入れる前に、1人分・1日分を手で数えれば分かる(技術課題)。一方、荷待ちを減らすために荷主とバース予約や着時間を調整する交渉は、長年の取引関係を動かす仕事であって、ソフトでは片づかない(適応課題)。数えるのが先、交渉はその数字を持ってから、という順番になる。
拘束時間を数えるのは、会社の守りの根っこにあたる。過労を防ぎ、事故を防ぎ、監査で困らないための最低ラインだ。そして、この「1人・1日から数える」やり方は、給与や手当が実態に合っているかを点検するときと入口が同じである(関連記事:「俺の手当、合ってるのか」——給与不信が辞める理由)。労働時間を正しく数えることは、労務の守りと、人が辞めない職場づくりの両方の土台になる。
この先、「守っていること」を示す場面が増える
もうひとつ、頭の片隅に置いておきたい流れがある。2025年6月11日に公布された改正貨物自動車運送事業法(令和7年法律第60号)で、トラック運送事業の許可に5年ごとの更新制が導入されることが決まった。あわせて許可基準に「法令の規定を遵守して事業を遂行することが見込まれること」が加わる。
ただし、慌てる話ではない。この部分の施行は公布から3年以内とされ、施行後さらに2年の経過措置を置いてから更新の申請・審査が始まる。実際に一巡するのは5年ほど先だ。準備の時間は、まだある。
参考になるのは、先に更新制へ移った貸切バスだ。2017年4月から5年ごとの更新制になり、申請時に安全投資計画と事業収支見積書の添付が義務づけられた。審査基準には、人件費や車両整備費が所要の単価を下回る場合は不許可という項目がある。つまり「安く回している」こと自体が、更新の場で問われる設計になっている。
トラック版の具体的な省令はこれから決まる。ただ方向としては、「守っています」と口で言うのではなく、記録で示す場面が増えていくと見ておいたほうがいい。拘束時間を数えておくことは、その日のための準備でもある。制度の全体像は運送業の許可に更新制が入るにまとめた。
月曜の朝にやること
- ドライバー1名を決め、その人の1日を、出勤から退勤まで通しで書き出す。デジタコの運転時間だけでなく、点呼・点検・荷待ち・荷役・休憩・移動を分けて並べる。
- 始業から終業までを合計する。それが、その日の拘束時間だ。運転していない時間が何時間積み上がっているかを、あわせて見る。
- その1日を、月20日・年間に引き伸ばして概算し、年3,300時間・月284時間の上限との距離を出す。近ければ、どの時間(たいていは荷待ちか荷役)を削れるかの話に進む。
全員分をいきなりやる必要はない。まず1人・1日でいい。多くの会社は、1日を数えた瞬間に「運転していない時間が、こんなにあったのか」と黙り込む。数えていなかったものが見えるだけで、次の一手が決まる。
物流の現場では、走っている時間だけが「仕事」として扱われがちだ。だが、待っている時間も、積んでいる時間も、会社がその人を拘束している時間であることに変わりはない。国は2024年に、その総量に上限を引いた。上限を引かれた側の会社が、まだその総量を数えていない——数えることは、誰かを責めるためではなく、ある日いきなり監査で指摘される前に手を打つためだ。
私が物流の会社にいた頃、九州から東京へはワンマン——ドライバー1人で走り切れた。着いた先で千葉や神奈川の荷物を拾い、また九州へ戻る、という組み方もできた。それが拘束時間の規制で難しくなると、ツーマン運行に切り替わる。乗務員が2人、人件費はほぼ倍だ。コストを抑えるには、JR貨物やフェリーを挟む、大阪で積み替えて中継する——運び方そのものを設計し直すしかなかった。現場で思い知ったのは、一番高いのは車両ではなく人だということだ。2024年問題は残業時間の話に見えて、その奥で原価の構造そのものが変わっている。時間で吸収してきた無理は、時間を数えた瞬間に、原価として表に出てくる。
どこに相談すればいいか
「うちの拘束時間は大丈夫か」と思ったとき、行き先は状況で分かれる。
- 数え方・労使協定・就業規則を整えたい → 社会保険労務士。顧問がいるならまずそこへ
- 個別の運行が上限を超えていないか判断したい → 運行管理者と、所属するトラック協会の相談窓口。実務の当てはめに一番近い
- 監査の連絡が来た・是正勧告を受けた → 労働基準監督署と社会保険労務士。処分に発展しそうなら弁護士も
- まず無料で当たりをつけたい → 各都道府県の労働局・労働基準監督署内の総合労働相談コーナー(相談無料・予約不要)
よくある質問
- Q. 残業代はきちんと払っている。それでも改善基準告示に引っかかるのか。
- A. 引っかかることがあります。残業代は「時間外労働にいくら払うか」の話ですが、改善基準告示が定めているのは「1人を朝から晩まで何時間まで拘束していいか」という別の物差しだからです。拘束時間は、始業から終業までの全部(荷待ちも休憩も含む)を数えます。だから残業代を正しく払っていても、荷待ちや荷役で1日の拘束が延びていれば、年3,300時間・月284時間という拘束時間の上限のほうを超えることがあります。まずは残業時間ではなく、1人の1日の拘束時間を通しで数えてみることです。
- Q. 荷主先で待たされた荷待ちの時間も、拘束時間に入るのか。
- A. 入ります。拘束時間は始業から終業までを指し、荷待ちのように「自社の都合ではない待ち時間」も、その日にドライバーを拘束している以上は数に含まれます。ここが見落とされやすい理由は、荷待ちがデジタコの運転時間には出てこないからです。走っていない時間なので運転記録には残らず、しかし拘束時間としては積み上がっている。結果、荷主都合の待ちが、自社の告示違反の入口になってしまう。個別の線引きは運行管理者や社会保険労務士、トラック協会に確認してください。
- Q. 拘束時間の記録は、何から手をつければいいのか。
- A. 最初の一手は、ドライバー1名の1日を、出勤から退勤まで通しで書き出すことです。デジタコの運転時間だけを見るのではなく、点呼・点検・荷待ち・荷役・休憩・移動を分けて並べ、始業から終業までを合計します。それが「拘束時間」です。1日分を出せば、運転していない時間がどれだけ拘束に積み上がっているかが見えます。年間・月間の上限との距離は、その1日を月20日・年間に引き伸ばして概算すれば足ります。ソフトを入れる前に、まず1人分を1日、手で数えることから始めるのが確実です。
この記事の立場
中小の現場を、主に労務・組織の側から研究している立場からの整理です。拘束時間を数えていないのは、誰かの怠慢ではありません。走っている時間だけを「仕事」として扱う商習慣が長く続いてきた結果であって、悪意はどこにもない。ただ、国が総量に上限を引いた以上、その総量を数えていない会社は、気づかないうちに上限へ近づいていきます。だから、システムを入れる前に、まず「1人・1日」を手で数えることを勧めています。
ただし、個別の運行が上限を超えているか、例外規定が当てはまるかの判断は、勤務の実態によって変わります。そこは上の「どこに相談すればいいか」の窓口へ。本記事は個別の判断や手続きの代行を行うものではありません。
出典
- 改善基準告示(自動車運転者の労働時間等の改善のための基準)/拘束時間 年3,300時間・月284時間・休息期間の強化・2024年4月適用:厚生労働省「トラック運転者の改善基準告示」特設ページ/解説:厚生労働省「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」
- 輸送事業のセグメント利益率の低下(4.6%→3.2%)と「ドライバー不足による傭車・外注費の増加」の記載:セイノーホールディングス株式会社 有価証券報告書(第103期・2024年3月期/EDINET提出)
- 「2024年問題」という語が2021年3月期の有報に登場せず2023年3月期から各社で登場した点:宅配の最大手グループ・SGホールディングス・セイノーホールディングス各社 有価証券報告書(2021〜2025年3月期)を横断確認
※10台で回している会社時間割は、上限との比較にのみ上記の検証済みの国の上限(年3,300時間・月284時間)を用い、各作業の時刻・長さは地場配送の一般的な一日を仮に置いた試算です。1日単位の拘束時間の上限・例外規定の具体的な時間数は本記事では扱っていません。自社への当てはめは改正告示の本文および運行管理者・社会保険労務士・トラック協会に確認してください。(閲覧・確認日:2026-07-10)
走っている時間だけを数えていた時代に、国は「拘束されている時間の総量」に上限を引いた。あとは、その総量を自分の会社で数えるかどうかだけだ。数えるのに、新しい道具はいらない。1人分の1日から始めればいい。
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第3回(本記事):拘束時間を、数えているのは誰か?——「改善基準告示」とは何か