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運送業に来る「適正原価」という下限——「その運賃では受けられません」と言える日が来る

「その値段では受けられません」。荷主や元請にそう言いたくても、根拠がなければ言えない。その根拠を、いま国が法律で用意し始めている。建設ではもう始まった。2025年12月、職種ごとに労務費の基準が示され、これを著しく下回る契約は禁止された。トラック運送も同じ道を来る。2025年6月に公布された改正法で、いまの「標準的運賃」は廃止され、下回れば違反になる「適正原価」に置き換わることが決まっている。遅くとも2028年6月までだ。

別々のニュースに見えるが、中身は同じ一つの政策である。安く買い叩かれた結果、ドライバーと職人の賃金が壊れた。だから国が、値段の下限を引く。片方の業界だけを見ていると自社の特殊事情に見えるが、両方の審議会の資料を並べると、まったく同じ設計思想が、ほぼ同じ時期に、二つの業界へ降りてきているのが分かる。この記事はその「同じ構造」を、両方の一次資料から確認していく。隣の業界は「対岸の火事」ではなく、「自社の少し先の未来」だ。

建設で起きたこと——13職種分野・99工種の「基準」が勧告済み

建設側は、もう始まっている。中央建設業審議会に2024年9月に設けられた「労務費の基準に関するワーキンググループ」が検討を重ね、2025年12月2日、建設業法第34条第2項に基づいて「労務費に関する基準」が勧告された。

中身は、職種分野別・都道府県別に、トン当たり・平米当たりといった「単位施工量当たり労務費」を示すというものだ。計算式は「公共工事設計労務単価(円/人日・8時間)× 歩掛(人日/単位施工量)」。国土交通省が運用方針で挙げている記載例では、型枠工の歩掛0.13217人日/㎡に労務単価31,700円を掛けて、1平米あたり4,190円という数字が出る。これが「基準値」の形だ。第一弾は2025年12月時点で13職種分野・99工種(作業)が公表され、その後も2026年3月と6月に追加・更新されている。

重要なのは効力である。この基準を著しく下回る見積りや契約の締結は禁止され、公共工事に限らず民間工事を含む全ての契約に適用される。「参考にしてください」ではない。しかもワーキンググループは第一弾の後も続いており、まだ基準のない工種の追加が進んでいる。勧告待ちの制度ではなく、「第一弾は出た、いま拡張中」というのが2026年時点の現在地だ。

トラック運送で起きること——「参考」が「下限」に変わる

トラック運送側は、これから本番が来る。現行の標準的運賃(令和6年告示・平均8%引き上げ、荷待ち・荷役の対価を運賃と別建てで提示)は、下回っても罰則のない「参考の物差し」だった。標準的運賃とは何かで書いたとおり、まずこの物差しで自社の運賃を測ること自体に価値があるが、制度としての限界も指摘されてきた——参考値は、無視できてしまう。

その限界に、国は制度ごと答えを出した。2025年6月11日公布の改正貨物自動車運送事業法で、標準的運賃は廃止され、法的拘束力を持つ「適正原価」制度に置き換わることが法定された。適正原価を継続して下回る運賃での受託は法令違反となり、行政指導の対象になる。1本の運行が下回れば即違法という設計ではなく、国は許可の有効期間である5年間を通じた総運行距離・総労働時間などから判定する基準を想定している。施行は公布から3年以内——遅くとも2028年6月までだ。「参考」から「下限」へ。建設が2025年12月に踏んだ段を、トラック運送は2028年までに踏む。

同じ力学——なぜ国は価格に手を入れるのか

二つの制度の理屈は同じところから出ている。運賃も労務費も、市場の交渉に任せた結果、立場の弱い側が削られ続け、削られた分がそのまま現場の賃金から抜かれてきた。ドライバーと職人——どちらも担い手不足が国の課題になった業界で、賃金の原資は結局、単価にしかない。人事として賃金を扱ってきた立場から言えば、これは当たり前の算数で、単価が決まらない業界では、賃上げの号令だけが宙に浮く。国が価格の下限に手を入れ始めたのは、労働政策が価格政策に行き着いた、ということだと理解している。

今回、両方の審議会資料と勧告文書を読み比べて確認できたのは、設計の語彙まで似ていることだ。「原価の積み上げ」「著しく下回る契約の禁止」「単位あたりの提示」——別々の審議会が、同じ答えに収斂している。

時間差が意味すること——隣の業界は「少し先の自分」

建設が先に踏み、トラック運送が2〜3年遅れて続く。この時間差は、両方の読者にとって使える情報だ。

運送会社の社長にとっては、建設の第一弾勧告後に何が起きるかが、そのまま適正原価の予行演習になる。基準を下回る契約がどう指導されるのか、元請と下請の見積りのやりとりがどう変わるのか——2026年から2027年の建設業界は、2028年以降のトラック運送業界の実況中継だ。

建設の社長にとっては、逆向きの教訓がある。トラック運送の標準的運賃は「参考」だった5年間、活用率が伸び悩んだ末に、より強い規制に置き換えられた。基準は、業界が使わなければ、次はもっと強い形で来る——労務費の基準を「使うかどうか」の選択は、次の規制の強さの投票でもある。

両方に効く準備は一つ——自社の原価を「単位あたり」で言えるか

制度の形は違っても、来る物差しはどちらも「単位あたり」で書かれている。トン当たり・平米当たりの労務費。ルート当たり・時間当たりの原価。だから準備も一つに絞れる。自社の原価を、単位あたりで言える状態にしておくこと。国の物差しが来たとき、自社の数字を持っている会社はそれを交渉の根拠に使え、持っていない会社は物差しを読むことすらできない。

そしてこれは、新しい仕事というより、日々の業務を数えることの延長にある。どの作業に何時間かかっているかを分ける作業は業務分解とは?——なぜ採用より先に「分ける」のかに、荷待ちや荷役といった運ぶ以外の作業に値札をつける話は荷待ち・荷役の「別料金化」とはに書いた。日々の業務が数えられている会社は、原価も単位あたりで出せる。制度の準備と業務の整理は、同じ一枚の表の上にある。

よくある質問

Q. 標準労務費とは何か。いつから適用されるのか。
A. 中央建設業審議会が作成・勧告する、職種ごとの労務費の基準です。2025年12月2日に建設業法第34条第2項に基づき勧告されました。基準値は職種分野別・都道府県別に「単位施工量当たり労務費」の形で示され、計算式は「公共工事設計労務単価(円/人日・8時間)×歩掛(人日/単位施工量)」です。第一弾は2025年12月時点で13職種分野・99工種(作業)が公表され、2026年3月・6月にも追加・更新されています。この基準を著しく下回る見積りや契約の締結は禁止され、公共・民間を問わず全ての工事契約に適用されます。
Q. 適正原価とは何か。標準的運賃とどう違うのか。
A. 2025年6月に公布された改正貨物自動車運送事業法で、標準的運賃の廃止とセットで導入が決まった制度です。標準的運賃は下回っても罰則のない「参考の物差し」でしたが、適正原価は継続して下回る運賃での受託が法令違反となり行政指導の対象になる「実効性のある下限規制」です(単発の1件で即違法になる設計ではなく、5年間を通じた運行実績から判定する基準が想定されています)。施行は公布から3年以内、遅くとも2028年6月までとされています。
Q. 下限規制が始まる前に、会社は何を準備すればいいのか。
A. 自社の原価を「単位あたり」で言える状態にしておくことです。建設の基準はトン当たり・平米当たりの単位施工量で示され、トラック運送の適正原価も原価の積み上げが土台になります。国の物差しが来たとき、自社の数字と突き合わせられる会社だけが、その物差しを交渉に使えます。逆に自社の原価が分からないままだと、物差しが来ても読めません。

この記事の立場

物流の会社で、主に人事の側から現場を見てきた筆者が、両業界の審議会資料・勧告・改正法の要綱を読み比べた整理です。運賃の現場感覚(基準からの引き算で値段が決まる業界の内側)は標準的運賃の記事に書きました。賃金を扱った経験から、「担い手の賃金の原資は単価にしかない」という一点で二つの制度を同じものとして読んでいます。

※適正原価の具体的な算定方法・施行日は、今後の政省令・運輸審議会のプロセスで確定します。本記事は2026年7月時点の公布済み法律・勧告済み基準に基づいており、動きがあり次第この記事に追記します。

出典

(閲覧・確認日:2026-07-12)

別々の業界紙に載る二つのニュースを、同じ一つの構造として読む——それがこの記事で残したかった読み方だ。次に「◯◯業で価格の基準」という見出しを見たとき、それはもう他人事に見えないはずだ。

この記事は「2024年からの法改正」シリーズの一部です(全13本)